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プロフィール


  • 後藤 春彦
    昭和42年、東京生まれの石巻育ち
    <現職>
    株式会社宮富士工業 専務取締役
    石巻まちづくりギルド 代表
    <略歴>
    平成元年より10年間、(財)石巻市文化振興公社に勤務。この間、鈴木雅之、中山美穂、NHK交響楽団、松竹大歌舞伎等アーティストの石巻招聘や地元文化団体のサポート、舞台演出を手掛ける。
    平成5年、社団法人 石巻青年会議所に入会。平成17年、理事長に就任。平成19年12月、満40歳をもって退会(卒業)。
    現在は、プラント設備製造会社勤務。かつてはその傍らラジオDJや各種イベントでのMC、ブライダルMC等の活動を行っていた。
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新聞記事

2005.04.30

“イワンの馬鹿”として

石巻かほく 『つつじ野』
平成17年4月30日掲載記事(最終回)

 「正直、こんな事を続けて、何になるんだろうって思うときもあるよ…」。
 これは、先日お会いした、環境NPO団体代表の方の口からポロリと漏れた言葉である。この団体は、山林の保水力確保や肥沃な養分を海へ注ぐべく、広葉樹を植栽する活動を長年続けてこられている。
 恐らくは、結果を知ることはできない。でも、将来の為に黙々と活動を続けていく。自分自身もいつまで続けられるかは分からない。あとを引き継いでくれる人はいるのだろうか。この方の立場に立ってものを考えてみると、そこには強い信念と忍耐力が必要な事に気づく。
 ローカル・マニフェスト推進運動と市政公開討論会。市長、市議立候補者と十七万市民を相手に、八十名そこそこの団体が挑んだ今回のアクション。これを当事者の方と世間はどう評価しているのだろうか。私の耳に届く範囲では、批判八割、賞賛二割といったところだ。
討論会の開始前、開場が遅いと怒鳴られたメンバー。配ったアンケートを投げつけられたメンバーもいる。そして、私も含め数多くのメンバーのもとに様々なご批判が寄せられた。
 しかし、あえて言うが、我々は何ひとつ間違ったことをしていない。政治をより良いものにしていきたい、常にその真義に照らし合わせながら行動してきた。もちろん、今回の一連の動きで全てを終わりにするつもりはない。何年かかろうが、主張と活動を繰り返していくことこそ、道を切り開く唯一の手立てである。世の中にひとつくらいは、こんな青臭い主張をする団体がいても良いと思う。
 来月、急逝した友人Nの一周忌を迎える。私は彼の墓前で、きっと、こう言うだろう。
「ちょっとだけ、風が吹いたよ」と。

2005.04.25

さらりと挨拶

石巻かほく 『つつじ野』 平成17年4月23日掲載記事

 ラジオ石巻でDJをやり始めて、もう七年になる。現在の担当は、土曜日午後一時スタートの時事や情報を取り扱う番組だ。と言っても、新聞や雑誌片手にああだこうだと持論を展開しているに過ぎないが…。もちろん、台本などあるわけもなく、収録前に十五分ほど話すネタを決めるだけだ。これで七年間やってきた。人からは「よく一時間も話が出来るね」と言われるが、それなりに訓練を積んできたので何とかなっている。
 さて、来月になるといよいよブライダルシーズン到来。挨拶を頼まれ頭を痛めている方も多いかもしれない。そこで今回は私の経験をもとに、人前で上手に話せるコツを披露したい。
 何より聞きやすい話し方、それは滑舌の良さにつきる。流暢でなくとも、はっきりと繰り出される言葉は素直に頭に入ってくる。
そこで、私は新聞を声に出して読むことをお薦めする。新聞に登場する語彙は豊富で、読みの練習には最も適している。そして、記事を目にすることに加え声に出すことで、もう一度耳から情報が頭に入るから、なおさら内容が記憶されやすい。従って、ネタのストックという意味でも効果的だ。
 続いて、即興性を養う為にはこれ。車を運転しながら、目に入る光景を実況する練習。人に見られるとかなり恥ずかしいが、自分としては大いに役立った。何度も繰り返しているうちに、自然と言葉が出てくるようになる。
 最後に緊張しない為の秘訣。十人も人がいれば、そのうち二人ぐらいは必ず相打ちしながら聞いてくれる人がいる。その人に向かって話すことだ。自分の話を受け入れてもらえる安心感で、なぜか緊張はほぐれる。
 かく言う私も、実際は話し手としてはまだまだ。「石巻の久米宏」目指して未だこの訓練を繰り返している途上だ(苦笑)。


※本来は「石巻のクリス・ペプラー」と書きたかったのだが、
 万人に通じるように「久米宏」としました。必ずしも本位ではなかったりします。

2005.04.16

議会議員とマニフェスト

石巻かほく 『つつじ野』 平成17年4月16日掲載記事

 現在、我々青年会議所は、新・石巻市全域を懸命に駆け回っている。今回の市議選立候補表明者の方々にローカル・マニフェスト型選挙を呼びかける為だ。改めて言うが、これは「数値目標を伴う事後検証可能な具体的公約」のことを言う。
 さて、現時点で60名を廻り終えたところだが、その反応は大きく二分される。「これからの候補者は自らの公約に責任を持たなければならない」とする歓迎の声。そして、もう一方が「執行権限のない議員が具体的公約を約束したり、ましてや財源、工程、期限など示せるわけがない」とする意見。
 私はどちらも正しいと思う。現状の理屈から言えば、議員には物事を動かす権限はない。市長候補者がマニフェストを出せば、その整合性も問われることになる。
しかし、その気になれば、やはりマニフェストは書けるし、政策実現も可能なのである。
 ここにひとつの動きを紹介したい。5月にローカル・マニフェスト推進地方議員連盟という団体が結成される。設立発起人には全国の県議会議員、市議会議員が名を連ねている。これは、地方分権の加速により、チェック機関としての立場のみならず、自らがマニフェストを掲げ政策を実現してく議員が必要となってきた現れである。今後はこの流れがさらに進み、地方議会内にローカル・パーティ(地方政党)が結成される動きがでるであろう。市長候補者とマニフェスト協定を結ぶといったことになれば、有権者にとっても非常に分かりやすい構図となる。ぜひ、各候補者の方々には、こうした時代の流れも読みとっていただきたい。
 今回は選挙公報が全戸配布される。これには、候補者が自らの主張を自由に書くことが出来る。果たして何名の候補者がマニフェストを掲載するか。注意深く見ていきたい。

2005.04.02

選挙カーが消える日

石巻かほく 『つつじ野』 平成17年4月2日掲載記事

 候補者がホームページで政策を訴える。マニフェストを街頭で配布する。ラジオを使ってCMを流す。候補者を自宅に招いて政策を聞く。
 これらのアクションは告示後一切出来ない。従って、日本の選挙制度は候補者が政策を訴える場が極めて少ない。政策本位の選挙をやろうと突き詰めれば、実はやれることがほとんどなくなってしまう。皮肉な話だ。
 一方、他国ではどうか。例えばアメリカは、そもそも告示日というものがない。政治家は常に目標定め日々選挙活動が出来る。ビラの配布、ポスターの掲示も何ら制限がなく、投票所の近くでビラを配ったりしている。TV討論会も活発で、もちろんCMも流せる。これらの手法が選挙費用を莫大にしているという悪い作用もあるが、近年は資金を要しないインターネットを使った選挙運動も活発だ。もちろんこれも自由に出来る。
 同じ民主主義と自由社会を標榜する国で、なぜこれほどまでに違うのか。私は、フェアさを「法律で縛る」ところに求めるのか、「有権者と政治家の質」に求めるのかの違いではないかと考える。日本の公選法は我々と政治家を信用していない。だから、がんじがらめなのだ。
 青年会議所が今必死になって取り組んでいる「公開討論会」と「ローカル・マニフェスト推進」は、まさに信用を得る為の運動である。これを着実に進めていけば、自ずとその質もアップするはずだ。
 さて、もうすぐ選挙が始まる。石巻市だけでも七十台近い選挙カーが走ることになり、思わずぞっとする。これに嫌悪感を抱く市民は少なくない。実は候補者側も人員の確保やルート設定など、選挙カーの運用には大変な苦労を強いられている。なにより多くの時間を割かれる。しかし、現状ではこれしか自分を売り込む手段がない。
 まちから選挙カーが消える日=政策本位の選挙が出来る日。それはきっと来る。その為に、我々は努力を重ねていきたい。

2005.03.29

それでも、やる

石巻かほく 『つつじ野』 平成17年3月26日掲載記事

 石巻青年会議所では、新石巻市誕生に伴う市長選挙に向けて公開討論会を実施する。立候補予定者が席を並べ、中立公正な場で互いの政策を主張する場だ。聴衆は生の声、表情を感じながらその論点の違いを確認し、候補者選択の参考とすることが出来る。これは、ローカルマニフェストとあわせ、選挙そのものを政策論争中心に塗り替える極めて有効な手段である。しかし、実はどちらも法律的に認められたものではない。
 かつて、国政選挙を中心に立候補者同士が意見を戦わせる「立合演説会」というものがあった。だがその実態は、空虚な応援合戦や相手候補への罵りとヤジが横行し、結果、昭和五十八年、その開催が一切禁じられた。ローカルマニフェストについても、告示後の発行・配布は認められていない。これらに限らず日本の公職選挙法は、様々なしばりがある世界でも類を見ない極めて厳しい法律である。
 従って、今回の討論会は「石巻市長選挙に伴う公開討論会」と銘打つことはできない。立候補予定者と呼んでもいけない。あくまでも『出演者』と言う。事実上そういうことであっても、だ。さらに、運営上も、かつての二の舞を踏まぬよう厳格なルールを設定している。声援、拍手は一切禁止。聴衆は必要以上に席の移動はできない。出演者の発言時間も公平にする。まさに公選法の隙を突いての開催だ。一歩間違えば、主催者である我々が公選法違反に問われる危険性もある。それでも我々はやる。
 日本全国の青年会議所が、同じ志のもと、この運動に取り組んでいる。例え今は法のグレーゾーンであっても、根気よく地道にやっていけば、きっと法律を変えることが出来る。そして、それが選挙のあり方と政治を変えることにつながっていくはずだ。では、いったいどう変わるのか。それは次回に続けたい。

2005.03.19

ローカル・マニフェスト

石巻かほく 『つつじ野』 平成17年3月19日掲載記事

 例えば、これから腕時計を買うとしよう。売り場のショーケースを覗いてみる。一見してその機能差は分からない。従って、この段階では形や色具合といった、外見の好き嫌いでしか判断できない。よく見るとキャッチフレーズが書いてあった。だが、どれも似たようなフレーズ。これだけの情報で数万円の買い物を決断できるだろうか。
 そこで思い切って店員にカタログを要求した。そこには「ソーラーパワー」「腕の振りによる自家発電式」「ネジ巻き式」など、具体的な機能が比較できるようになっていた。これならば自分にあった物を選べる。もしも、カタログ記載の機能が発揮されなければ、もちろん返品するつもりだ。これがごく一般的な買い物の仕方だと思う。
 さて、この春の新市誕生により、それぞれ市長選、市議選が実施される。新たな枠組みの舵取りを託す重要な選挙だ。そこで、我々青年会議所は各候補者に対し「ローカル・マニフェスト」の呈示を強力に推進していくつもりだ。
マニフェストと言えば、前回の国政選挙で各政党が政権公約として掲げたものが記憶に新しい。これはその概念を地方自治体の選挙に持ち込んだものである。なにを、どこで、いつまでに、どういった財源で、といった具体的な数値目標を伴った選挙公約、それがローカル・マニフェストである。もちろんそれらは後々達成度を検証されることになり、次回選挙の際の判断材料ともなり得る。
 「安心して暮らせるまちづくり」「子供たちの笑顔あふれるまちに!」今時期配布される後援会広報にはこういったフレーズが並んでいる。それはそれで良いことだ。だが、その実現の為に具体的に何をするのか、それがなければ候補者を選択することはできない。「誰がなっても同じ」などという発想はもう終わりにした方が良い。まずは有権者こそ襟を正し、候補者に尋ねるべきだ。「あなたのローカルマニフェストを見せて下さい」と。

2005.03.12

N君との約束

石巻かほく 『つつじ野』 平成17年3月12日掲載記事

 彼と出会ったのは四年前。青年会議所(JC)東北地区の委員会で一緒となり意気投合した。S青年会議所のN君。同い歳という事もあったが、何より考え方が良く似ていた。おかしいと思えば誰彼構わず議論を挑み、一度頼りにされれば徹夜してでもやり遂げる。そして、自分の住むまちをどうにかしたいと孤軍奮闘していた。本当に良く似た人間がいるものだと思った。
 一方で私より遙かに優れている部分も多くあった。彼もまた建材卸会社の二代目。だがその立場に甘んじることなく、自ら贈答品店を起業し3店舗を構えるまで成長させた。仲間想いで、常に人への気遣いを忘れない。豪快さと繊細さが同居する不思議な、でも尊敬すべき人間であった。一年間の委員会活動を終えた後も、彼との親交は続いた。お互いのまちを行き来したり、電話しては悩みを相談してみたり。どちらともなく口から出る「最近起きてる家族に会った事がないなぁ」が会話のシメだった。
 昨年6月、石巻JCは創立40周年を迎えた。その記念式典の数日前、彼から連絡があった。「行きたいんだけど、どうしても都合がつかない」確かそんな内容だったと思う。そして、式典当日の早朝、午前4時頃。突然、携帯電話が鳴った。声の主はS青年会議所のS君。沈痛な声。嫌な予感がした。「Nさんが先ほど亡くなりました…」愕然とした。前夜会合を終え帰宅、明け方に心筋梗塞となり帰らぬ人となったという。式典会場で、積み上げられた祝電の中に彼の名前を見つけ涙した。最後まで気遣いを忘れない男だった。数日後執り行われた葬儀に参列。まだ状況を理解できずはしゃぐ幼い息子達の姿に胸を痛めた。
 私はこれを美談として語るつもりはない。皮肉にも、誰より一番愛すべき自らの家族を不幸にしてしまったことは事実だ。だが、これだけは言いたい。家族の為に仕事に没頭し、さらに地域の為に身を費やした青年もいるという事を。私には彼との約束がある。その約束を今年、理事長としてやり遂げようと誓っている。JCから興す『政治改革の風』だ。

2005.03.05

ようこそ、ゲストさん

石巻かほく 『つつじ野』をご覧になってここへいらした方、ようこそ!
このブログの方も是非ご愛顧の程よろしくお願いします。

ちなみに件の名刺は、こんな感じです。

なお、石巻かほくを購読されていない方は、
この下の記事をご覧下さい。

meishi

オンリーワンを携えて

石巻かほく 『つつじ野』 平成17年3月5日掲載記事

 石巻青年会議所(JC)には自前のホームページがある。そこには理事長ブログ(日記)というコーナーがあり、この「つつじ野」のお話を頂いたとき、連載とブログをリンクさせれば面白いかな、と思った。相乗効果と言えば大袈裟だが、異なる媒体同士をつなげれば、新しい何かを生むことは出来ないだろうかと考えている。どの様な形になるかは分からないが、ぜひそちらの方もご覧頂きたい。
 さて、一月に理事長を拝命し早二ヶ月が経った。この間、様々な方々とご挨拶かねがね名刺交換してきたが、その名刺が好評を頂いている。JCは単年度制で、一年毎に組織も役職も変わるため、その都度名刺を作り替えることになるが、印刷会社のご協力もあり、デザインの方も毎年変えている。今年は名刺の上半分を割いて「シージェッター海斗」を配した。言わずと知れた石ノ森萬画館発のニューヒーローである。全国津々浦々のJCメンバーと名刺交換する機会があるので、私はどうしてもこのキャラクターを使いたかった。石巻を売り込むには、他に例のない海斗は格好の素材となる。それぞれのまちが特色、オンリーワン探しに躍起になっている中、マンガというツールを持った石巻はつくづく幸せだと思う。普通ならマンガやヒーローのキャラクターは版権の問題もあり、簡単に使うことは出来ないからだ。事実、他のJCからは羨望の目で見られている。この名刺を手にした人は、海斗と共にきっと石巻という名前を覚えてくれるに違いない。ある物を活かし、そしてそこから新しい物を創る。オンリーワンも常に新陳代謝させながら、次々と話題を作り出していくことが出来る。私はこの一年、海斗を胸に携えスポークスマンとして石巻を発信していきたい。