フォト

プロフィール


  • 後藤 春彦
    昭和42年、東京生まれの石巻育ち
    <現職>
    株式会社宮富士工業 専務取締役
    石巻まちづくりギルド 代表
    <略歴>
    平成元年より10年間、(財)石巻市文化振興公社に勤務。この間、鈴木雅之、中山美穂、NHK交響楽団、松竹大歌舞伎等アーティストの石巻招聘や地元文化団体のサポート、舞台演出を手掛ける。
    平成5年、社団法人 石巻青年会議所に入会。平成17年、理事長に就任。平成19年12月、満40歳をもって退会(卒業)。
    現在は、プラント設備製造会社勤務。かつてはその傍らラジオDJや各種イベントでのMC、ブライダルMC等の活動を行っていた。
    続きは以下リンクへ

« 未来ある若者の為に | トップページ | 会議は踊る »

2006.08.19

つながることの大切さ

先日、海水浴に行こうと思い、危なく長面海水浴場 (旧河北町)に行ってしまいそうになりました。 今は遊泳禁止だそうです。
地形変化に伴う砂浜の侵食で、 とても人が入れる状況ではないとのこと。
新聞には載ったらしいのですが、 6月の事なので記憶にありませんでした。
どっかでその話題を聞いたこともなく・・・・・ 意外に情報って入ってこないですね。

さてさて、昔々石巻地域には 「石巻圏青年サミット協議会」という、 それはそれは秀逸な団体がありました。
構成団体は、石巻商工会議所青年部、各町の商工会青年部 (当時は9町)、そして我が石巻青年会議所も参加し、 併せて事務局を仰せつかっておりました。
今から10年くらい前、 当時ウブなJCマンだった私も何度か出席したことがあります。
内容はよく覚えていないんですが、圏域のあり方とか、 グランドデザインについて喧々囂々の議論をしていたような気がします。
議論が終わるときっとどこかで飲み会をしていたのでしょう (私はそこまでハマっていなかったので)。
時折先輩方が「○○町の○○さんは凄い飲みっぷりだ」とか 「○○さんちにいったら野菜をもらった」 「今度は○○町でやるから楽しみだ」とか、 本当に楽しげに語っていたのを覚えています。
それを傍らで聞いていた私達ペーペーも、 いつかは自分達もこうやって各町の人と知り合いになれるんだろうなぁ、 と思っていました。

しかし、その後、 ポツリポツリと脱会し始める町が現れました。
残念ながら当時中枢にいなかった私には理由が分かりません。
気がつけば、残っていたのは市青年部とJCだけ。
私が理事長になった頃にはすっかり消滅していました。
たられば、を言っても仕方がないのですが、 もしあのまま残っていたら今回の合併はもう少し違った形になったかもしれません。
みんなで連携していれば、 新市にもっともっとコミット出来ていたのかもしれません。
そう思うと、やはり失ったものは大きいと感じるのです。

現在、新・石巻市では、文化協会や観光協会を始め、 旧市、旧町に個別に点在していた各種団体が合併したり、 またはそれに向けて話し合いを進めています。
ですが、行政や団体が声高だかに新市の一体感を叫んでも、 民間レベル、住民レベルではまだまだ。
特に、青年層を中心とした動きは出ていません。
この契機を活かし、もう一度「青年サミット協議会」 を復活させるのもひとつかな、と考えています。

先日、 たまたま別件会議で高校時代の同級生と会いました。
いまは某町の商工会青年部会長をやっているとのこと。
電話してみようかな。

« 未来ある若者の為に | トップページ | 会議は踊る »

日常の出来事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/77266/11511708

この記事へのトラックバック一覧です: つながることの大切さ:

« 未来ある若者の為に | トップページ | 会議は踊る »