フォト

プロフィール


  • 後藤 春彦
    昭和42年、東京生まれの石巻育ち
    <現職>
    株式会社宮富士工業 専務取締役
    石巻まちづくりギルド 代表
    <略歴>
    平成元年より10年間、(財)石巻市文化振興公社に勤務。この間、鈴木雅之、中山美穂、NHK交響楽団、松竹大歌舞伎等アーティストの石巻招聘や地元文化団体のサポート、舞台演出を手掛ける。
    平成5年、社団法人 石巻青年会議所に入会。平成17年、理事長に就任。平成19年12月、満40歳をもって退会(卒業)。
    現在は、プラント設備製造会社勤務。かつてはその傍らラジオDJや各種イベントでのMC、ブライダルMC等の活動を行っていた。
    続きは以下リンクへ

« 報道不信 その1 | トップページ | テレビに出てみましたが… »

2005.06.15

報道不信 その2

というワケで前回の続き。私の体験談。
かつて石巻市文化振興公社に在籍していた話は 「ミュージカルへの想い」 の中で書いた。その時の話。

ある日、石巻○ほ○の女性記者が、私のデスクのところへやって来た。文化振興公社の特集記事を書きたいという。事業の宣伝にもなると思い、断る理由もなかったので取材を受けることにした。

記者「最近、どおですか?」
私 「そうだね、 ○○の演劇は半分ぐらいしか入らなかったけ
   ど、○○のライブは前売り30分で完売だったよ」

と、しばしひとつひとつの事業について尋ねられた。

記者 「この公演費用って全部チケット代でまかなうんですか?」
私 「15%ぐらいは公社の持ち出しだよ。
   やっぱり通常民間会社がやるより安く見せたいからね」
記者「持ち出しって?」
私 「市から公社が受け取る補助金の中から出すんだよ」
記者「じゃあ、売れ行きの悪い公演は、
   予定より多く補助金を使うんですよね?」
私 「うーん、まぁそういうことになるけど、
   年間トータルで予定支出を上回らないようにしてるよ。
   そもそも完売必至な事業でも、当初予算組みでは
   8割くらいの入りで見てるわけだし」

初日はそんな感じのやり取りだったと思う。
その後、何日かおきにその記者は取材にやって来た。

記者「事業って、たいてい後藤さんが決めるんですか?」
私 「いや、そんなことはないよ。ちゃんと会議をして決める」
記者「石巻に有名アーティストを呼ぶのは難しいんですよね」
私 「そうだね。ビッグなアーティストほど
   田舎じゃライブしないからね。
   そもそも、アーティストのライブはCDの販促みたいな
   側面があるから、セールスに影響ない地域では
   あまりやりたがらないんだ」
記者「じゃ、どうやって呼ぶんですか?」
私 「やっぱり仙台のプロモーターに協力をもらわないと」
記者「協力?」
私  「アーティスト側に石巻をプッシュしてもらったり
   狙えそうな空きスケジュールを探ってもらったり。
   まぁ、普通の付き合いではそこまでやってもらえないから
   普段からマメに連絡取ったりしてるよ」
記者「じゃ、プロモーターとも親しくないと
   有名な人を呼べないんですね!
   それって、後藤さんの功績ですよねー」
私 「まぁ、そんなこともないけど…」

何日かかけてこんなやり取りがあった。
私としては、きっと「文化振興の舞台裏」みたいな感じで、我々の苦労話でも載せてくれるんだろうなーと、のほほんと思っていた。
そして、記事が載るのを心待ちにしていた。
ところが数日後、紙面を飾ったのは
『揺らぐ文化の殿堂』 の見出し。
内容はといえば…

・赤字事業が続き、その補填を血税でまかなっている。
・事業は職員のさじ加減
 (個人の好みで決めているとでもいいたいのか)
・事業選定はプロモーターに依存し
 特定職員と個人的に親しい会社がやっている。

記憶が定かではないが、概ねこんな感じの内容だった。
だまされたと思った。
まさか、笑顔で質問していた記者が、こんなエグい記事を書くとは到底思えなかった。
読みようによっては、特定職員(たぶん私)にはウラがあるようにもみてとれる。
後日、この取材にあたった記者に抗議してみたが、答えはこうだった。
「私は違う視点で記事を書いたんですけど、編集局長から指示があって…」

翌年、このせいかどうかは分からないが、私は異動となり、企画の現場から離れることとなった。
それ以来、私は報道というものを信頼しなくなった。
いくらこちらが礼節をつくして説明したとしても、記者の考え方や、編集サイドの意向によって、事実はどうにでもなる。
それを身をもって体験した。だから、今回の仙台JCの記事にしても、相変わらずだなと感じている。

ちなみに当時の記者は後に退職、編集局長は本社に戻り、 かなりのお偉いさんになったと聞いている。

今年、理事長として新聞記者の方と接する機会が増えたが、あの時の教訓は生きている。
載せてもらいたい記事があるなら直接編集局長を訪ね、真意を伝える。
担当記者の方とは密に連絡を取り、極力親しくなれるようにする。
おかげで今年はかなり協力していただけていると思う。

ところで数年後、その地元紙に私もコラムを執筆することになるのだから何とも皮肉な話。 私が寛容とも言えるか(笑)

« 報道不信 その1 | トップページ | テレビに出てみましたが… »

仕事」カテゴリの記事

コメント

後藤理事長、ありがとうございます。今回の件を教訓にして、数年後コラムを依頼されるくらいがんばります。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/77266/4564350

この記事へのトラックバック一覧です: 報道不信 その2:

« 報道不信 その1 | トップページ | テレビに出てみましたが… »