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プロフィール


  • 後藤 春彦
    昭和42年、東京生まれの石巻育ち
    <現職>
    株式会社宮富士工業 専務取締役
    石巻まちづくりギルド 代表
    <略歴>
    平成元年より10年間、(財)石巻市文化振興公社に勤務。この間、鈴木雅之、中山美穂、NHK交響楽団、松竹大歌舞伎等アーティストの石巻招聘や地元文化団体のサポート、舞台演出を手掛ける。
    平成5年、社団法人 石巻青年会議所に入会。平成17年、理事長に就任。平成19年12月、満40歳をもって退会(卒業)。
    現在は、プラント設備製造会社勤務。かつてはその傍らラジオDJや各種イベントでのMC、ブライダルMC等の活動を行っていた。
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2005.02.14

甘い“白い日”

 特段意識しているわけではないのだが、ここ数回固い話が続いたので、今日は少々趣を変えた話題を。
 今日2月14日は、言わずと知れたバレンタインデーだ。齢37歳、妻子有りの私には、もはや義理と形式だけでしかない行事のひとつになってしまったが、それこそ20代の頃は大変なものであった。別に私が大変なワケではなく、同年代の女性達が、という意味である。チョコレートを渡すのは当たり前で、それに手編みのセーター等何かしら意味ありげな“想いが重い”品物を付けてみたり。で、どういったシチュエーションで渡すのかも重要案件で、良く相談にのってあげたりしたものだ。急に呼び出したら変じゃないか?ということで、おとりになって居酒屋にお目当ての男を呼び出してやったこともあった。まあ、クリスマス・イブは男性側があれこれ考え、バレンタインデーの方は女性側が…という、何となくそういう感じだった。これに当時流行のトレンディードラマが拍車をかけ、否応なしに2月上旬は浮き足だったムードが蔓延していた。1980年代~1990年代の、バブル華やかなりし頃の出来事である。
 さて、平成の世になり、イマドキの若人は、今日この日をどう過ごしているのだろうか? あの頃と違い、今は携帯が普及し「コクる」も「分かれる」もメールで一発…と話に聞く。ひょっとして、バレンタインデーが特別なものではなくなっているのかもしれない。そういえば、特設チョコレート売り場で買い求める人を見ると、やたらご婦人の姿が多かったりする。もはやバレンタインデーは国民的行事のひとつで、売り場の姿は、お正月の飾りを買い求めるのとそう違わないものなのかも。
 ところで、日本人で初めてチョコレートを口にしたのは、あの支倉常長ではないか、という説を皆さんご存じだろうか? サン・ファン祭りに関わっている我々JCメンバーの間では、そこそこメジャーな話題だ。伊達政宗の命で慶長遣欧使節としてサン・ファン・バウティスタ号に乗り、月の浦を出帆した一行が最初に着いたのがメキシコ。当時のメキシコではチョコレートが飲料として流行っていたそうで、一行も当然口にしたであろうと。これといった証拠があるわけではないので、あくまで仮説の話なのだが、ネット検索で「チョコレート」「支倉常長」と調べてみると、この手の話がわんさか出てくる。ちなみに、この当時のチョコレートを再現した物が、何年か前まではサン・ファン館でお土産品として売られており、私も食べた(飲んだ)ことがある。味は結構イケた様な気がする。今あるかどうかは定かではない。
 バレンタインデーの夜、佐須ノ浜にでも車を停めて、サン・ファンを見ながら彼女から頂いたチョコを食べつつ、支倉のウンチクを語ってみる…というのはいかがか。だめだな、固くて。

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