春へ向けて動き出す
日本JCの会頭訪問から早一週間が経った。書きたいことが多いと以外に筆が進まない。不思議なものだ。全国43,000人のトップに立つ人物に接した2日間は、自分にとって大いに得るものがあった。これを如何にして皆さんへ伝えるべきか…今、正直思案に暮れている。言葉にすると陳腐になりそうで、さりとて自分自身の態度を以て示せるほど身に付いた訳でもない。焦っても仕方がないので、これは一年間理事長職を全うしていく中で、少しずつ伝えていきたい。
さて、昨日付の石巻かほく紙に石巻JCの2005年度人事記事が掲載された。そして、見出しには「市長選公開討論会開催」の大きな文字。早速多くの方々からメールや電話を頂いた。概ね良い意味での反響である。実は、石巻JCで公開討論会を開催するのは今回で2度目となる。前回は2003年1月であった。まだ定時総会も済んでおらず、新年度体制も承認頂いていない中、正月が明けるやいなや臨時理事会を招集。例外中の例外として実施した。計画から実行まで僅か10日間足らず。誰かに相談する時間的余裕もなく、当時の中川理事長と二人三脚で、あちこち駆けずり回った。三役会(正副理事長会議)ではあれこれ資料を持ち寄り、見慣れぬ公選法を眺めては頭を抱えたり、時には激しく議論したり。そうして出来上がった企画書を持って石巻市選挙管理委員会の門を叩いた。多くのご指導を頂いたが、中でも一番まいったのはタイトルであった。我々が付けたのは「石巻市長選挙に伴う公開討論会」。もちろん、他の自治体の事例を参考にしたものであった。しかし、選挙管理委員会からチェックを受け戻ってきた文書には「石巻市長選挙に伴う」という部分が真っ黒に塗り潰されていた。出演者欄の「立候補予定者」という文字も。「これでは何の討論会か分からなくなってしまう」と意見するも「事前運動にあたる」の一言でアウト。とにかく時間もなかったので、泣く泣く「石巻市政公開討論会」という曖昧なタイトルに付け替えた。初めて臨んだ記者会見でも勉強不足による理論武装の甘さが露呈した。事前に各陣営と摺り合わせし概ね開催日は確定させていたが、とある記者が仏頂面で手帳を見ながら「その日は某候補者が大規模な集会を予定してるんだけどなー」と。焦った、返す言葉がない。おかしいな、各陣営からOKはもらっていたはずなのに…頭の中ではそう思うが、うまく言葉が出ない。その記者はさらに「欠席者がいたら成立しないだろ。やる意味あんの?」と追い打ちを掛ける。別な記者が「いや、(欠席者がいたとしても)意味ありますよ!」と反論。それをきっかけに記者同士喧々囂々の議論が始まってしまった。その場は中川理事長が「なんとか全員出席の方向で頑張ります」と納めたが、今思えばあれは単なるブラフだったのだろう。そんなこんなで何とか開催に漕ぎ着けたものの、当日は当日で様々なトラブルがあった。これをいちいち書いているとキリがないのでこの辺で。
再び臨む公開討論会では、こうした過去の経験を踏まえ、また充分な準備期間もあるので万難を排して臨みたい。と共に、今回は「なぜ公開討論会を行うのか?」という意義も出来る限り市民の皆様へ伝えていきたい。我々の目的は公開討論会を行うことではない。この事業を通して市長選への興味を引き出し、少しでも投票率をアップさせることにある。より多くの有権者が投票所に足を運ぶということは、それだけ民意が反映された選挙が行われることになる。そして、候補者にはぜひ有効な判断基準となる“マニフェスト”を掲げ選挙戦を戦って頂きたい。究極の目的、それは「より分かりやすく参加しやすい政治の仕組み作り」にある。明後日は担当委員会のメンバーと宮城県選挙管理委員会へレクチャーを受けに行く。まずは一歩目だ。
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